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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)1262号 判決

甲事件原告 大森正男

乙事件原告反訴被告 東日本建設株式会社

右代表者・代表取締役 大森正男

右両名訴訟代理人・弁護士 高橋角蔵

同 高橋茂

甲事件被告 小菅勝年

甲乙各事件被告反訴原告 株式会社芝勝商会

右代表者・代表取締役 小菅崇晴

右両名訴訟代理人・弁護士 上野修

同 若林清

主文

(甲事件について)

甲事件原告大森正男の同事件被告株式会社芝勝商会、同小菅勝年に対する請求を棄却する。

(乙事件について)

乙事件原告東日本建設株式会社の同事件被告株式会社芝勝商会に対する請求を棄却する。

(反訴について)

反訴被告東日本建設株式会社は、反訴原告株式会社芝勝商会に対し、金三、四六八万五、六四四円及びこれに対する昭和四〇年一〇月一四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

反訴原告株式会社芝勝商会の反訴被告東日本建設株式会社に対するその余の請求を棄却する。

(訴訟費用)

訴訟費用は、甲事件原告大森正男と同事件被告小菅勝年、甲乙各事件被告反訴原告株式会社芝勝商会との間においては、すべて甲事件原告大森正男の負担とし、乙事件原告反訴被告東日本建設株式会社と甲乙各事件被告反訴原告株式会社芝勝商会との間においては、乙事件反訴事件を通じ、これを五分し、その四を乙事件原告反訴被告東日本建設株式会社の負担とし、その余を甲乙各事件被告反訴原告株式会社芝勝商会の負担とする。

(仮執行宣言)

この判決は、反訴原告株式会社芝勝商会勝訴部分に限り、同原告において金一、〇〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  甲事件

(甲事件原告大森正男)

甲事件被告小菅勝年、同株式会社芝勝商会は、同事件原告大森正男に対し、各自金三、〇〇〇万円及びこれに対する昭和四三年九月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、甲事件被告小菅勝年、同株式会社芝勝商会の負担とする。

との判決及び仮執行宣言

(甲事件被告小菅勝年、同株式会社芝勝商会)

甲事件原告大森正男の請求を棄却する。

訴訟費用は、甲事件原告大森正男の負担とする。

との判決

二  乙事件

(乙事件原告東日本建設株式会社)

乙事件被告株式会社芝勝商会は、同事件原告東日本建設株式会社に対し、金四、二一〇万六、八七四円及びこれに対する昭和四四年二月一九日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、乙事件被告株式会社芝勝商会の負担とする。

との判決及び仮執行宣言

(乙事件被告株式会社芝勝商会)

乙事件原告東日本建設株式会社の請求を棄却する。

訴訟費用は、乙事件原告東日本建設株式会社の負担とする。

との判決

三  反訴

(反訴原告株式会社芝勝商会)

反訴被告東日本建設株式会社は、反訴原告株式会社芝勝商会に対し、金四、〇二七万六、五五三円及びこれに対する昭和四〇年一〇月一四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、反訴被告東日本建設株式会社の負担とする。

との判決

(反訴被告東日本建設株式会社)

反訴原告株式会社芝勝商会の請求を棄却する。

訴訟費用は、反訴原告株式会社芝勝商会の負担とする。

との判決

第二当事者の主張(便宜上、乙事件、反訴、甲事件の順で記載する。)

一  乙事件

(請求原因)

1 乙事件原告(反訴被告)東日本建設株式会社(以下「東日本建設」という。)は、建設土木事業を営む会社であり、乙事件被告(反訴原告)株式会社芝勝商会(以下「芝勝」という。)は、芝の生産販売、土木建設工事、造園工事を営む会社である。

2 昭和三九年八月一四日、東日本建設と芝勝との間で、芝勝作成の見積書を前提として、左記の条件で平塚カントリークラブの増設する一八ホール(現在平塚富士見カントリークラブ大磯コース、以下「本件コース」という。)の芝張り工事請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結し、同年九月一日、本件請負契約を公正証書をもって作成した。

(一) 芝張り工事施工概算地積は、約三三万平方メートル

(二) 芝張り工法は、ベタ張り(ただし、指一本の間隔をあける。)とする。

(三) 芝の単価は、三・三平方メートルあたり金三四〇円にその四割である金一三六円を増した金四七六円とする。

(四) 東日本建設は、芝勝に対し、契約締結と同時に、前渡金として金一、〇〇〇万円を支払い、以降毎月末日限りの出来高払いとする。

(五) 芝張り工事の完成引渡し期日は、昭和四〇年七月一〇日とし、芝勝は、ノーリプレイスでプレーできる状態で引き渡す。

(六) 芝勝が右期日にノーリプレイスでプレーできる状態にして引き渡すことができないときは、東日本建設は、三箇月の猶予期間を与え、芝勝は、右期間内に工事を修補完成させ、かつ、東日本建設に対し、協定による損害金を支払う。

(七) 芝勝が未完成のまま請負工事を放棄したとき、または、右猶予期間を経過してもなお工事を完成させないときは、東日本建設は、請負契約を解除することができる。この場合、芝勝は、東日本建設の選択に従い、東日本建設に対し、施工物件をそのままの状態で引き渡すか、自己の費用をもって芝を撤去して敷地を明け渡し、かつ、いずれの場合においても、芝張り工事着工の日から右引渡しまたは明渡しの日まで、芝張り工事施工面積三・三平方メートルあたり一箇月金一〇〇円の割合による損害金を支払う。

3 東日本建設は、芝勝に対し、昭和三九年八月一九日、前渡金として金一、〇〇〇万円、昭和四〇年五月一四日、第一回の出来高払いとして、金一、五〇〇万円を支払った。

4(一) 芝勝は、昭和四〇年二月二三日に芝張り工事に着工したが、約旨に反してベタ張りをせず、指三本ほどの間隔で芝を張っていったので、東日本建設側は、再三、芝勝の当時の代表取締役である小菅武子や現場監督者に張方について注意したところ、芝勝側は、その経験と実績に照らし、ベタ張りの状態で完成する確信があると言い、特にアウト一番ないし九番は、約定の引渡し期日である同年七月一〇日には、ノーリプレイスでプレーできる状態にして引き渡すと言明した。

(二) しかし、約定の引渡し期日である昭和四〇年七月一〇日になっても、アウト一番ないし九番を含め、すべてのホールはベタ張りの状態になっておらず、ノーリプレイスでプレーできる状態ではなかった。同日、東日本建設側は、竣工検査及び引渡しを受けるため待機していたが、芝勝からは、誰一人として出頭しなかった。

(三) 東日本建設は、昭和四〇年七月一五日、芝勝に対し、芝の目地が開いており、芝張り工事が不完全であることを指摘し、直ちに修補すべきことを要求したところ、芝勝の当時の代表取締役である小菅武子は、芝張り工事が不完全であることを認め、同月一八日、公正証書の趣旨に従って修補することを確約したが、三箇月の猶予期間満了の日である同年一〇月一〇日になっても、芝は依然としてベタ張り状態にはなっておらず、また、至る所に赤土が出て芝の存在しない箇所があり、到底ノーリプレイスでプレーできる状態ではなかった。

そこで、東日本建設は、芝勝に対し、昭和四〇年一〇月一一日付の書面をもって、本件請負契約のうち請求原因2の(七)に記載した特約(以下「本件特約」という。)に基づき、本件請負契約を解除したうえ、施工物件の引渡しと、芝張り工事着工の日である同年二月二三日から右猶予期間満了の日である同年一〇月一〇日までの間、芝張り施工面積二七四、二一六平方メートルに対し、三・三平方メートルあたり一箇月金一〇〇円の割合による損害金合計金六、二五九万八、九八六円の支払を請求し、右書面は、同日、芝勝に到達した。

5(一) 芝勝は、昭和四〇年七月一三日に、芝張り工事を約旨どおり完成したとして、前3記載の前渡金一、〇〇〇万円及び第一回の出来高代金一、五〇〇万円を控除した金三、一七九万三、一六八円の請負代金債権を有すると主張しているが、芝勝は、指一本の間隔で芝張り工事を施工しなかったので、東日本建設は、芝代金について芝張り工事施工面積三・三平方メートルあたり金一三六円の割増金の支払義務を負わない。そして、芝勝の芝張り工事施工面積は、二七四、二一六平方メートルであるから、右割増金合計は金一、一三〇万一、〇五六円となるので、東日本建設は、芝勝に対し、芝勝の主張する前記請負残代金三、一七九万三、一六八円から右割増金を控除した請負残代金二、〇四九万二、一一二円の支払義務を負うにすぎない。

(二) 東日本建設は、本件第二回口頭弁論期日において、前4の(三)記載の金六、二五九万八、九八六円の損害金請求権を自働債権とし、前(一)記載の金二、〇四九万二、一一二円の請負残代金を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をした。

6 よって、東日本建設は、芝勝に対し、損害金残金四、二一〇万六、八七四円及びこれに対する乙事件の訴状送達の日の翌日である昭和四四年二月一九日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

《以下事実省略》

理由

第一乙事件について

一1  乙事件請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  芝勝は、本件請負契約に定められた「ノーリプレイスでプレーできる状態」との文言について、「ノーリプレイスプレー」という用語は、日本ゴルフ協会制定のゴルフ規則には定められておらず、また、プレー可能のゴルフコースは、すべてノーリプレイスプレーが可能であるから、右文言は、芝張り工事を施工する芝勝が、本件コース開場までにおける種々の条件に従いつつ、開場時には、できるだけ良い状態でプレーできるように仕上げるという趣旨であるとして、「ノーリプレイスでプレーできる状態」という文言が、本件請負契約において、格別の意味を有しないかのように主張する。

しかし、「ノーリプレイスプレー」という用語が、ゴルフ規則に規定されている正式な用語であるか否かにかかわらず、甲事件原告大森正男尋問の結果(以下「大森正男尋問の結果」という。)によれば、右用語は、「球に手を触れたり、位置を変えたりすることなくプレーをすること」を意味し、本件請負契約においても、右のような趣旨で使用して、芝勝が仕上げるべき客観的な芝の状態を表示したことが認められ、また、同結果によれば、張り付けた芝に目地が残っていたりすると、その箇所に落ちた球を打つことは、芝の上に乗っている球を打つ場合に比して困難になるので、各プレヤー間の公平を期す限り、右のような場合、目地に落ちた球の位置を変えざるを得なくなることが認められるのであるから、結局、「ノーリプレイスでプレーのできる状態」とは「張り付けた芝の目地が消えて、芝の表面に凹凸のない状態」を意味するものと解すことができ、右解釈を左右するに足る証拠はない。

二  《証拠省略》を総合すると、以下の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

1  平塚カントリークラブを所有経営する湘南観光開発(代表取締役大森正男)は、ゴルフコースを二七ホール増設する計画を立てたが、当時、湘南観光開発と大磯富士見カントリークラブ株式会社との間において、合併の交渉があったので、合併成立予定前の昭和四〇年七月一五日ごろ、右増設コースをオープンさせたいとの希望を有していた。

2  そこで、湘南観光開発は、同系会社であり、かつ、大森正男が代表取締役を兼ね、かつ、大株主として支配する東日本建設に右増設工事に関する建設土木、監督を行わせることとし、同会社が注文主となり、昭和三九年八月一四日、芝勝との間において、芝勝の提出した見積書(甲第四号証の請負工事契約公正証書に添付)を前提として、増設二七ホールの芝張り工事請負契約を締結した。本件請負契約には、乙事件請求原因2の(一)ないし(七)記載の条項のほか、東日本建設において、大島建設株式会社が施工するブルドーザー造成工事を監督し、また、自らも、造形工事、排水工事を芝張りに支障のないように完了させ、右二七ホールのうち、一八ホールを昭和四〇年二月末日限り、残り九ホールを同年三月末日限り、芝勝に引き渡すべきことが定められ、また、芝勝は、同年三月一日に芝張り工事に着工し、うち一八ホールについては順次各コースの芝張り工事を完成させてこれの仮引渡しをして同年四月末日までに一八ホールの芝張り工事を完成させ、さらに残り九ホールについても順次各コースの芝張り工事を完了してこれの仮引渡しをして同年五月末日までに九ホールの芝張り工事をすべて完成させること、右各仮引渡しをした各コースについては逐次維持管理を行い、同年七月一〇日に東日本建設に対し引き渡すべきこと、芝勝が購入すべき芝の手付金の資金に充てるため、東日本建設が前渡金を芝勝に支払うこと、右前渡金を含む芝張り工事代金及びその支払方法の定めとは別に一八ホールの維持管理請負代金額を金八〇〇万円とすることなどが定められていた。

その後、右二七ホールのうち、九ホールの増設工事が取りやめになったので、芝張り工事も、東日本建設が同年二月末日までに先行工事を完了して芝勝に引き渡すことを約した一八ホールのみに減縮された。

3  湘南観光開発は、前1記載のとおり、本件コースのオープンを急ぎ、かつオープン時からノーリプレイスでプレーすることを計画したので、本件請負契約においては、ベタ張り工法(芝を、目地なしに相接して並べて張る方法)が採用されたが、いくらか目土を入れる部分があった方が芝の成長には好都合なので、ベタ張り工法といっても、指一本の間隔の目地を残すことが認められていた。

4  そこで、芝勝は、昭和三九年八月一九日、東日本建設から前渡金一、〇〇〇万円の支払を受け、これにより芝購入手付金を支払って芝を確保し、昭和四〇年二月末日までに本件コースの引渡しを約定どおり東日本建設より受けられれば、直ちに芝張り工事に着行すべくすべての準備を整えたが、前2記載のとおり、東日本建設は先行工事を完了させ、芝張り工事施工可能な状態にして、昭和四〇年二月末日限り、増設の一八ホールを一括して芝勝に引き渡すことになっていたにもかかわらず、先行工事であるブルドーザーによる造成工事(大島建設株式会社担当)、造形工事、給排水工事(東日本建設担当)が遅延したので、同年二月二三日から同年三月一五日までの間、ほぼ毎日、芝勝が手配していた人夫のうち一〇人前後を、排水工事に使用するため、東日本建設に貸し出すなどして、先行工事の進行に協力したが、一八ホールを一括して引渡しを受けることはできなかった。そこで、芝勝は、やむを得ず、先行工事の完了した部分ごとに引渡しを受けて芝張り工事を施工することにし、同年三月一六日、三番ホールのティー、フェアウェイ、バンカー、グリーンの各部分の引渡しを受けたのを初めとし、同年六月三日に一五番ホールのティー、フェアウェイ、バンカーの各部分の引渡しを受けて引渡しの完了するまで、各ホールのうち、一応芝張り工事施工可能となった部分の引渡しを受けて芝張り工事を順次施工して順次完成させ、さらに同年六月一〇日ごろ、大森正男自ら、東日本建設の人夫とともに一五番ホールの芝張り工事を手伝うこともあったが、同日ころまでに本件コースのすべての芝張り工事を完了させた。芝勝は、右芝張り工事に際し、人夫に対し、本件請負契約に定められたとおり、指一本の間隔の目地を残して芝を張り付けるように指示し、これは、人夫間に徹底されていたこと、しかし、東日本建設の施行すべき先行工事の遅滞により、芝張り工事も遅滞したことから、最後の方になると、いく分目地を広くして芝を張り付けた人夫もあった。

ところで、右芝張り工事施工中に先行工事がすべて完了したわけではなく、排水工事や給水工事は大幅に遅れ、芝勝は、同年四月二六日から同年五月二六日までの間、延べ二五五人の人夫を、排水工事のために東日本建設に貸し出して右工事進行に協力し、また、給水工事は、芝張り工事完了後の同年六月一五日になって、やっと完了したほどであった。そして、大森正男は、頻繁に本件コースに出入りし、右土木工事の指揮・監督を行う一方、芝勝の芝張り工事の監督、見回りを続け、右工事の進捗状況を知悉していた。

5  東日本建設は、昭和四〇年五月一四日、芝勝に対し、第一回出来高代金として前渡金清算金分を控除した金一、五〇〇万円につき何ら異議を留めることなく支払っていたが、昭和四〇年六月一五日、芝勝が東日本建設に対し、第二回の出来高代金一五〇〇万円の支払を求めると、その代表取締役である大森正男は、「芝の目地が開きすぎており、昭和四〇年七月一〇日までには、ノーリプレイスでプレーできる状態にはならない」などとして、右第二回の出来高代金のみならず、いっさいの請負代金の支払を拒絶する態度を示したことから、以降これをめぐって、芝勝と東日本建設との間において紛争が生じた。

6  約定の完成引渡し期日である昭和四〇年七月一〇日、東日本建設側は、プロゴルファーの村上義一や造園業者とともに竣工検査をすべく、本件工事現場に待機していたが、芝勝側は、本件請負契約には、右村上義一のほか日本ゴルフ連盟理事高石真五郎、小寺酉二、三好徳好、日本プロ協会理事安田幸吉、中村寅吉が立ち会うことになっていたにもかかわらず、東日本建設においてそれらの者に立会の了解を求めていないため、検査の公平が期せられないとして、立会を拒否した。

右時点においては、グリーンの芝には何ら問題がなかったが、フェアウェーは、本件コース中二、三のホールを除いては、芝が枯死して補植を要する箇所などが随所に存在し、ワンクラブリプレイスでもプレーのできる状態ではなかった。

7  そこで、東日本建設は、昭和四〇年七月一五日付、同月一七日到達の内容証明郵便をもって、芝勝に対し、本件コース一八ホールのすべてにわたってベタ張りをせず、ノーリプレイスでプレーできる状態になっていない旨通告したが、芝勝は、これを不満として修補することを拒否し、ただ、本件請負契約において、芝張り工事完了後引渡しまでは、芝勝が本件コースの管理を行うことになっていたので、同月一八日付の手紙をもって、東日本建設に対し、「公正証書による契約の本旨に従った履行として、維持管理等は続ける。」旨通告した。しかし、当時、既に、インの一〇番ホールないし一八番ホールは、東日本建設において管理をしていた。

8  東日本建設は、本件請負契約に定められた三箇月の猶予期間の満了する昭和四〇年一〇月一〇日においても、本件コースの芝は、ノーリプレイスでプレーできる状態にはなっておらず、管理も不充分であるとして、翌一一日付の内容証明郵便をもって芝勝に対し、本件特約に基づき、本件請負契約を解除する旨の意思表示をし、現状のまま本件コースの引渡しを求めるとともに、東日本建設が芝勝の着工日と主張する昭和四〇年二月二三日から前記同年一〇月一〇日までの間の損害金として金六、〇三五万一、二二五円、さらに、同年七月一一日から同年一〇月一〇日までの間の乙事件請求原因2の(六)に記載した損害金条項に基づく損害金として金二、四一四万四九〇円合計金八、四四九万一、七一五円の損害金支払請求権を有すると主張し、これを自働債権とし、同年七月一七日、芝勝が東日本建設に請求した金三、一七九万三、一六八円の請負代金債権を受働債権として、対当額で相殺した損害金残金五、二六九万八、五四七円の支払を請求し、右内容証明郵便は、同日、芝勝に到達した。

9  芝勝は、東日本建設が請負残代金を支払うまでは、本件コースを引き渡さないとの態度をとっていたが、昭和四〇年一〇月一三日、東日本建設は、右請負残代金については未決着のまま本件コースを取り上げてしまい、本件コースについては、同月一五日、開場式が挙行され、同日、会員によるプレー(ただし、ワンクラブリプレイス)が行われ、翌一六日からは、平常の業務が開始された。

10  ところで、猶予期間満了の日である昭和四〇年一〇月一〇日において、各ホールのティー及びグリーンの部分は、目地の残っている箇所、芝の枯死した箇所もなく、本件請負契約の趣旨に沿う状態になっていたこと、しかし、各ホールのフェアウェイの部分には、指一本以上の間隔で芝を張り付けたために目地の残っていると断定できる箇所はないが、芝が枯死して土の露出している箇所、また、このために目地が残っているように見える箇所が随所に存在し、その面積は、約一、〇〇〇坪に及んでいた。

三  東日本建設は、乙事件において、芝勝が本件請負契約に定められたベタ張りをせず、猶予期間満了の日である昭和四〇年一〇月一〇日においても、本件コースは、芝の枯死する部分があるなどノーリプレイスでプレーできる状態になっていず、工事は未完成であるが、仮りにそうでないとしても不完全で瑕疵があったとして本件特約に基づき本件請負契約を解除した旨主張するところ、右認定事実によれば、右日時において、本件コースの各グリーン、ティーは約旨どおりの性状を有するに至っているが、本件コースの各フェアウェーの部分には、芝が枯死した箇所が随所に存し、総面積約一、〇〇〇坪に及んでいること、芝勝が芝張り工事を施行した際、一部のコースにつき約定の工法によらなかった部分があったことが認められるので、以下に、東日本建設に本件契約解除権が発生したかどうかについて判断する。

(一)  まず、前記芝の枯死部分が存することが本件請負工事の未完成に該るかどうかについて検討する。

およそ、本件のごとく請負業者が土地に植え付けた芝は、特段の事情が認められないかぎり附合(民法二四二条)により直ちに土地の所有者に帰属すべきものと解する余地があるところ、前記認定事実のもとにおいて、本件請負契約の内容、ことに、芝勝が支払うべき購入予定の芝の手付金の資金に充てるため東日本建設が前渡金として金一、〇〇〇万円を芝勝に支払うこと、芝勝が芝張り工事を完成した各コースにつき順次東日本建設に仮引渡しをしたうえ、芝勝は直ちに仮引渡し後の各コースにつき維持・管理請負作業に入る旨定められていたことなどに徴すれば、本件請負契約においては、芝の所有権は、右仮引渡しの時点をもって芝勝から東日本建設(東日本建設と湘南観光開発間の契約いかんによっては、直ちに湘南観光開発)に移転させる趣旨であったものと解すべきであり、したがって、両当事者の責に帰すべからざる事由により芝の滅失・毀損が生じたときは、仮引渡しまではこれに関する危険は芝勝が負担し、仮引渡しにより以後東日本建設がその危険を負担するものというべきである。

そして、前認定のとおり、東日本建設が約旨どおり先履行義務を履行しなかったことから、右仮引渡しも約旨どおりの厳格な手続を経なかったものというべく、したがって、芝勝が東日本建設から引渡しを受けた各コースの各部分の芝張り工事完成をもって仮引渡しとする旨の暗黙の了解が成立していたと認めるのが相当であるから、右各部分の芝張り工事完成に伴い順次その後の芝の滅失・毀損に関する危険負担は芝勝から東日本建設に移転するものというべきである。

そこで、芝の枯死原因等について検討する。

《証拠省略》によると、昭和四〇年の前半は、全国的に冷害、多雨というゴルフ場建設、芝の生育にとって悪条件の気候が続き、全国各地で造成中のゴルフ場は、これによる工事遅延や芝の生育不良により、大きな被害を被っていたこと、本件工事についても、同年三、四月は雨が降らず、その後は長雨が続いて気温が上らず、芝の生育にとって悪条件の気候が続き、また同年六月末ごろには集中豪雨があり、東日本建設の設置した排水溝がそれを呑みきれず、水が流出して、フェアウェイは広範囲にわたって冠水したこと、またラフの部分から土砂が流れ込み、フェアウェイの中央付近まで芝を被った箇所もあること、水が引いた後においては、土のえぐられた箇所、土砂のかぶった跡、水の流れた跡が随所に認められ、右部分の芝は、土砂に埋もれたり、水に流されたりして、まばらになっていること、そして、前三の2で認定した昭和四〇年一〇月一〇日における本件コースの芝の瑕疵というべき部分は、これに起因すること、一方、芝勝の方でも、先行工事の遅滞から、芝張り工事の予定が狂い、そのため、栽培農家から切り取って運んできた芝を直ちに張り付けることもできず、長時間たい積したまま放置したため、芝が黄色に変色したものもあったこと、実際に張り付ける際は、非常に悪くなり生育の見込みのないものは廃棄したが、そうでない限りは、右変色した芝も使用した部分もあること、芝勝は、昭和四〇年三月一六日に東日本建設から最初に引渡しを受けた第三コースから着工し、本件コースの芝張り工事を同年六月一〇日頃完了したが、東日本建設から順次引渡しのあった各部分については旬日を経ずして芝張り工事を完成させていることを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

以上の事実によれば、芝の枯死は、芝勝の本件各コースの各部分の芝張り工事完成後に生じたものというべきであるから、芝の枯死の原因のうち豪雨等の不可抗力あるいは右不可抗力と東日本建設の責に帰すべき債務不履行によるものと認むべき部分については、その危険は東日本建設が負うものというべく、芝勝は、芝張り工事請負に関する債務不履行の責を負うべきいわれはなく、かつ、維持・管理請負に関しては、目的物の一部滅失による履行不能の問題とはなり得ても、特段の主張・立証のない本件においては、債務不履行の責を負うべき筋合ではないというべきである。

また、芝勝が黄変した状態の品質の良くない芝を使用した点については、これが原因となって枯死した部分があると認めるに足りる証拠はなく、仮にこれが原因となって枯死した部分があるとしても、前認定のとおり芝勝が生育の見込みのない芝を使用したとは認めることはできないから、右芝を用いて芝張り工事を完成させた以上、瑕疵担保責任を負う余地がある(この点は後述する。)のはともかく、右工事に関する債務不履行の責は負わないものというべく、さらに、右芝が不可抗力ないし東日本建設の責に帰すべき事由との競合により枯死したとしても、前同様維持・管理請負に関する債務不履行の責を負うべきものでもない。

その他維持・管理に関する債務不履行により芝が枯死したと認めるに足りる証拠はない。

そうとすれば、芝の枯死部分が存すること自体は、芝勝の債務不履行とはならず、これを理由に東日本建設は本件請負契約を解除し得ないというべきである。

(二)  次に、芝張り工法の不完全の点について判断するに、前示認定のとおり、本件コースのうち芝勝が芝張り工事の最終工程でした工事部分には、約定どおりのベタ張りでなく、指一本以上の間隔で芝を張り付けた箇所があったから、芝勝は、不完全な履行をしたものというべきである。

しかしながら、民法は、第六三四条以下に請負契約についての瑕疵担保責任について規定するのであって、右規定は、単に売主の担保責任に関する同法第五六一条以下の特則のみならず、不完全履行の一般理論の適用を排除するものと解すべきであるから、工事が請負契約に予定された最後の工程まで一応終了し、ただそれが不完全なため補修を加えなければ、契約で定めた内容に欠けるところがある場合には、仕事は完成したものとして、注文者は、請負人に対し、約定若しくは民法第六三四条以下の規定により瑕疵担保責任を問うのはともかく、債務不履行の責任は問い得ないものといわなければならない。

これを本件についてみるに、前記各認定事実のもとにおいては、本件芝張り工事の一部分には不完全な履行があったとはいえ、本件芝張り工事はすべて完成されており、かつ、芝勝は、それ以後維持・管理請負作業を継続し、結局、東日本建設は遅くとも昭和四〇年一〇月一三日までに一応その引渡しを受け、その後間もなく、本件コースはゴルフコースとして営業の用に供されるに至ったのであるから、仕事は完成しているものというべく、東日本建設は、芝勝に対し、もはや債務不履行の責任を問い得ないものといわなければならない。

(三)  そこで、さらに、芝勝の瑕疵担保責任の存在を理由に特約に基づき本件請負契約を解除し得るかどうかにつき判断するに、本件特約の内容は前示のとおりであるが、後第二の三の一記載のとおり、芝勝の芝張り工事施工面積は、二七万四、二一六平方メートル(八万三〇九六坪)にも及ぶものであり、これを人夫が張り付けていくのであるから、機械的な正確さは期待し難く、時には、約定の指一本以上の目地を残して張り付ける部分のあること、また、芝は生き物であり、その生育は、天候等の自然的条件にも大きく左右されるのであるから、広面積の芝の中には、目地を隠すまでに成長しない部分や枯死する部分のあることはやむを得ないと考えられ、また、証人天野義武の証言によれば、目地が開いていても、芝の成長により、いずれは目地が消えて凸凹のない状態になることが認められること、また、開場時にノーリプレイスでプレーできる状態ではなくても、一応プレーできる状態であるならば、ゴルフコースの評判は別として、ゴルフ場経営者にさしたる損害は生じないと思われること、それにもかかわらず、本件特約は、それが適用になると、損害金は、芝張り業者が受くべき請負代金よりも多額になるような苛酷な内容のものであること等に鑑みると、芝勝において張り付けた芝に目地の開いている部分、あるいは枯死した部分が存在することをもって、直ちに、「ノーリプレイスでプレー不可能の状態」として芝勝において、本件特約に基づく損害金支払義務を負うに至ると解することは到底許されず、工事の瑕疵が重大で契約の目的を達し得ない場合、あるいは信義則上これと同視し得るような特段の事情が存する場合に限って特約に基づき解除することを許容した趣旨と解すべきである。

これを本件についてみるに、前説示のとおり芝勝は黄変した品質の良くない芝を一部用いており、また、約定どおりのベタ張りをしなかった部分があるのであるから、これらは一応工事の瑕疵に該るものというべきところ、右瑕疵部分の特定はむろん本件引渡時になおそれが存し、芝勝の責任において修補すべき部分があったかどうか、あるいは、右瑕疵が右日時までにいわゆる治癒(ないし修補)されていたかどうかの主張・立証責任が尽くされているかの点はともかくとして、前二の4、9、10、三の(一)認定のとおり、昭和四〇年一〇月一〇日の時点において、本件コースのグリーン、ティーの芝の状態は約旨どおりの性状を有していたが、フェアウェイの部分には、芝の枯死した箇所が約一、〇〇〇坪程存したものの、その大部分は、注文者である東日本建設の設置した排水溝の不良や異状気候が原因となっていたものであり、芝勝の右不完全履行が原因となって芝の枯死した部分が存すると断定し得る箇所はなく、しかも、仮に右芝の枯死部分の総面積約一、〇〇〇坪を基準に考慮したとしても、右部分は芝勝が請け負った芝張り工事施行面積全体からみて軽微な範囲のものであり、それ自体契約の目的を達し得ないほどの重大な瑕疵というべきではなく、かつ、右の状態のもとにおいても、ワンクラブリプレイスでプレーすることは可能であったのであり、現に本件コースは昭和四〇年一〇月一五日以降営業の用に供されているものであるなどの事実に徴すれば、特段の事情の認められない本件においては、東日本建設は、本件特約に基づき契約を解除し得ないものというべきである。

してみると、東日本建設は、未完成あるいは不完全履行による瑕疵担保責任の存在のいずれを理由にしても、本件請負契約を解除し得ないものというべきであるから、その余の判断をするまでもなく、東日本建設の芝勝に対する乙事件請求は、その前提を欠き理由がない。

第二反訴について

一  芝勝と東日本建設との間で本件請負契約が締結されたことは当事者間に争いがなく、前第一の二の4及び9記載の事実からすると、芝勝は、昭和四〇年六月一〇日ごろまでに、本件コースの芝張り工事を順次完了させるとともに右完成させた各コースにつき順次維持・管理請負作業に入り、遅くとも同年一〇月一三日までに本件コースを東日本建設に引き渡したものということができる。

二  反訴において、芝勝は、東日本建設に対し、「本件請負代金等金六、五二七万六、五五三円の債権」を有すると主張し、既に支払を受けた金二、五〇〇万円を控除した残金四、〇二七万六、五五三円の支払を求めているが、その「本件請負代金等金六、五二七万六、五五三円」の内容については、何ら特定して主張しないが、乙第八号証の一(請求書)に基づき反訴請求をしていることは明らかであり、右乙第八号証の一には、芝勝は、東日本建設に対し、既に支払を受けた代金二、五〇〇万円を控除した請負残代金として、「アウト九ホールの芝張り工事代金残金七九七万二〇〇八円、イン九ホールの芝張り工事代金残金二、二四〇万四、二〇二円、追加芝張り工事代金一四一万六、九五八円、維持管理費金六〇〇万円、補修用芝代金九九万四、八四〇円、先行工事遅延による損害金一八四万八、五四五円」の各債権を有する旨記載されているので、以下これについて判断する。

三1  アウト九ホール、イン九ホールの芝張り工事代金残金について芝勝の芝張り工事施工面積が二七万四、二一六平方メートル(八万三〇九六坪)であることは当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》によれば、本件請負契約における工事代金内訳は、整地について一平方メートルあたり金一五円、張り付け芝代金三・三平方メートルあたり金四七六円、張り手間代一平方メートルあたり金三〇円、芝運搬費一平方メートルあたり金三円と定められ、その他に諸経費という名目で以上の代金合計の五パーセントを上乗せすることが定められていることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。したがって、アウト、イン各ホールの整地代金は金四一二万四八五円、芝代金は金三、九五五万三、六九六円、芝張り手間代は金八二四万九七〇円、芝運搬費は金八二万四、〇九七円となり、以上合計金五、二七三万九、二四八円に諸経費として五パーセントを加えた金五、五三七万六二一〇円(円未満切捨て)が、アウト、イン各ホールの芝張り工事代金となる。

しかし、前第一の二の4記載のとおり、芝勝は、全面積にわたって、約定の指一本の間隔で芝を張り付けたものではなく、一部、それより広い間隔で張り付けた箇所があると認められるので、これにより支出等を免れた芝代金、張り手間代、運搬費及びこれに対する五パーセントの諸経費を前記請負代金から控除する必要がある。そして、これを全体の二パーセントである金一一〇万七、五二四円(円未満切捨て)と評価するのを相当と認めるので、これを控除した金五、四二六万八、六八六円がアウト、イン各九ホールの芝張り工事代金となる。

2  追加工事費について

《証拠省略》によれば、芝勝は、東日本建設の依頼により、二回にわたり、一〇番ホールの芝の張り替えを行ったこと、これによる工事代金は金一四一万六、九五八円になることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

3  維持管理費について

《証拠省略》によれば、芝勝は、芝張り工事完了後引渡しに至るまで、本件コースの維持管理を行い、その費用は、金八〇〇万円と見積られていたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

しかし、《証拠省略》によれば、芝勝は、昭和四〇年六月一〇日ごろまでに本件コースの芝張り工事を順次完了し、完成させた本件各コースにつき順次維持管理に移ったが、同月末ごろには、インの九ホールは、東日本建設において維持管理するようになり、さらに、同年八月六日には、アウト九ホールも、東日本建設において管理するようになったことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右事実及び前説示のとおり芝の滅失による維持・管理請負につき履行不能が生じていた事実によれば、芝勝のした維持管理の割合は、全体の五割と評価するのを相当と認められるので、金四〇〇万円が、芝勝が東日本建設に請求できる維持管理費となる。

4  補修用芝代金について

《証拠省略》には、「大森側契約不履行(配水、客土、散水設備等)又は天災天候異変等によりやむなく補修した部分の高麗芝代金二、九二六坪単価三四〇円合計七九万四、八四〇円」との記載があるのみで、他にこれを裏付ける証拠は何もなく、補修箇所、補修日時も不明であり、これにより補修を余儀なくされた原因の推認も困難であるから、これを認容するに由ない。

5  工事引き継ぎ遅滞による損害金について

工事引き継ぎ遅滞による損害金については、《証拠省略》には、「昭和四〇年三月一日から芝張り着工により人夫確保代金並びに運び人夫代金一一八万八、五四五円、上記人夫バスによる送向費三箇月半日数一〇〇日金三〇万円、合計一四八万八、五四五円」との記載があり、また、これについての簡単な内訳が記載されているが、他に主張、立証はなされていない。確かに、本件請負契約において、東日本建設は、必要な先行工事を完了して、昭和四〇年二月末日までに、一八ホールを一括して引き渡す旨定められていたにもかかわらず、右先行工事及び引渡しが遅延したことは前第一の二の4記載のとおりであるが、右内訳には、昭和四〇年二月末日以前の人夫賃なども多く含まれており、主張の真摯性自体について、大いに疑問の存するところであり、また右内訳に記載された「人夫確保保証金」というものがいかなる性質の金員かは判然とせず、芝勝が支出したとする金員が、東日本建設の引渡し遅滞によって生じた損害であると認めるに足る証拠も存在しないのであるから、この損害賠償の請求は、理由がない。

四  そこで、東日本建設の相殺の主張について判断するに、乙事件理由中で詳述したごとく、その主張する自働債権の成立を認めることはできないから、右主張は理由がない。

五  以上のとおりであるから、芝勝が東日本建設に対して有する請負代金債権は、前三の1ないし3に記載したところの合計金五、九六八万五、六四四円であるところ、そのうち金二五〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、結局、芝勝の反訴請求は、右請負残代金三、四六八万五、六四四円及びこれに対する引渡しの日の翌日である昭和四〇年一〇月一四日から完済に至るまで商事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は、失当である。

第三甲事件について

一  甲事件請求原因1の事実のうち、東日本建設が芝勝に対し、昭和三九年八月一九日に前渡金として金一、〇〇〇万円、昭和四〇年五月一四日に第一回の出来高代金として金一、五〇〇万円をそれぞれ支払ったが、それ以降の請負代金の支払を拒絶したこと、芝勝の当時の代表取締役である小菅武子は、昭和四〇年六月二九日横浜地方検察庁に対し、大森正男を詐欺利得罪で告訴したこと、前2の事実のうち、同検察庁の大畑検事は、昭和四一年二月二六日、右告訴事件について不起訴処分に付したこと、同3の事実のうち、新たに芝勝の代表取締役に就任した小菅勝年は、同年春ごろ、東京高等検察庁に対し監督権の発動を求める本件申立をしたが、昭和四三年一月ごろ、右申立が棄却となったことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると以下の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

1  平塚カントリークラブ(現在平塚富士見カントリークラブ)は、大森正男が大株主かつ代表取締役である湘南観光開発の所有経営するゴルフ場であり、また、東日本建設は、土木建設事業等を営むことを目的として、昭和三四年四月三日に設立された会社であり、やはり大森正男が大株主かつ代表取締役として実権を握っているが、設立以来、主に個人住宅の新築、増改築工事を行ってきた。

2  平塚カントリークラブの増設コースの芝張り工事請負契約締結の交渉については、最初湘南観光開発が表面に出ており、芝勝としては、芝張り工事の注文主は、平塚カントリークラブの所有者である湘南観光開発であると思っていたところ、契約締結の段になると、大森正男は、注文主は東日本建設であるとして、その旨の請負契約締結を求めたが、芝勝の側としても、大森正男個人あるいは湘南観光開発に信用を寄せており、東日本建設も、実質的には大森正男の個人企業であると知らされ、大森正男から、東日本建設には本件請負代金を支払うべき資金が確実にある旨明言されたので、これに対して、何ら異議を述べることなく、本件請負契約を締結した。

3  前第一の二の4記載のとおり、本件請負契約においては、東日本建設は、必要な先行工事を完了して、昭和四〇年二月末日までに、一八ホールを一括して芝勝に引き渡すことになっていたが、右先行工事及び引渡しが遅滞し、芝勝は、同年三月一六日から、一応芝張り工事の可能となった部分を引渡しを受けて芝張り工事を施工し、同年六月一〇日ごろ、これを完了したのであるが、芝勝は、本件請負契約に定められたとおり、指一本の間隔で芝を張り付けることを人夫に指示し、人夫も、急いで張ったため、一部目地を広く開けて張り付ける者もいたが、全体としては、本件請負契約に定められたとおりの施工がなされ、大森正男も、頻繁に本件工事現場を見回って、右のような芝の状態を見ていた。

4  芝勝は、昭和四〇年五月一四日、東日本建設から、第一回の出来高代金として請求した金一、五〇〇万円の支払を受けたが、その際、大森正男は、芝勝の芝張り工事施工内容に対して何らの異議を述べなかった。

5  昭和四〇年六月一五日小菅武子、小菅勝年、小菅崇晴の三名が平塚カントリークラブの事務所に赴き、大森正男に対し、同年五月三一日締切りの第二回出来高代金一、五〇〇万円の支払を求めたところ、それまでは和気あいあいとしていた大森正男は、態度を一変し、「芝勝の張り付けた芝の目地が開いており、昭和四〇年七月一〇日には、ノーリプレイスでプレーできる状態になりそうにない。」として、右第二回の出来高代金のみならず、以後支払うべき一切の請負代金の支払を拒絶する旨表明し、さらに、「差押えに来ても、東日本建設には、机と椅子があるだけだ。」と言って、開き直る態度を示した。

6  そこで、小菅勝年は、大森正男の態度を不審に思い、東日本建設の登記簿を調べてみて、東日本建設の資本金は、わずか金一二五万円にすぎないことを知り、また、本件コースのラフの部分の芝張り工事を請け負った旭造園も、張り付けた芝の瑕疵を理由に、請負代金を六割に棚上げさせられていることを知ったので、近所に住む弁護士岡本清に相談したところ、同弁護士は、「詐欺罪に該当するので、告訴をすればよい。そうすれば、代金はすぐ取れる。」旨告げたので、小菅勝年は、芝勝の当時の代表取締役である小菅武子と相談し、芝勝名義をもって、大森正男ほか一名を告訴することにし、同弁護士に右告訴手続を委任した。

7  弁護士岡本清は、芝勝の代理人として、昭和四〇年六月二九日、大森正男ほか一名を、刑法第二四六条二項の詐欺利得罪で横浜地方検察庁に告訴したが、同検察庁の大畑検事は、昭和四一年一月二六日、嫌疑不充分として不起訴処分に付した。新たに芝勝の代表取締役に就任した小菅勝年は、右処分を不服として、同弁護士を代理人として、東京高等検察庁に監督権の発動を求め、大森正男ほか一名の起訴措置の指揮を求めたが、昭和四三年春ごろ、右申立は棄却された。

三  そこで、小菅武子あるいは小菅勝年が、大森正男の行為が詐欺罪に該当すると信じたことに相当の理由があるか否かについて検討する。

およそ、他人を告訴しようとする者は、犯罪の存否について、他人が罪を犯したと疑うに足りる状況・事情を十分に調査し、物証等の収集・分析はむろん犯意の成立を認むべき直接又は情況証拠につき周到な検討を加え、犯罪の成立を確信したうえでなければ軽々に告訴すべきではなく、これに欠けるところがあれば、不法行為上の過失を免れないというべきであるが、告訴権を私人に認めて捜査の端緒に資するとした制度の趣旨に徴すれば、被告訴人が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があるかどうかは、告訴の時点を中心にして通常人の判断を基準に判断すべきものというべく、告訴の結果、刑事訴訟法上厳格な意味での犯罪の確証が挙がらなかったとしても不当な告訴として過失を認めるのは酷を強いるものであって制度の趣旨を没却するものといわなければならない。

これを本件についてみるに、前認定事実のもとにおいては、昭和四〇年六月一五日当時において、東日本建設に芝勝からの第二回出来高代金を含む全ての支払請求を拒絶し得る正当な権利があったとは認め難く、同日における大森正男の小菅武子らに対する言動を仔細に検討し、これを外形的客観的に把えるかぎり、自己に代金支払を拒絶し得る正当な権利がないのにこれあるように藉口して代金の支払を免れんとする意味において詐欺の犯意を徴表したものというべく、右言動のなされた状況からしていわば駆け引きの具に供されたものにすぎないとは到底認め難いところであって、これに加え、本件請負契約締結の段になって突如注文者が東日本建設に変更されたなど過去の経緯につき疑念を新たに持った芝勝側が東日本建設の実体を調査したところ、東日本建設は資本金がわずか一二五万円の会社にすぎないことが判明したことなどから大森正男が、当初より請負代金全額を支払う意思がなく、芝勝の張り付けた芝のわずかな瑕疵をとらえ、これを口実にして請負代金の支払を免れる意図を有するに至ったものと判断し、また、芝勝より請負代金支払請求訴訟を提起された場合を予想して、ことさら責任財産の少ない東日本建設を注文主として、芝勝をして本件請負契約を締結させ、芝張り工事を施工させたのではないかとの嫌疑をますます深めた結果、弁護士に実情を話して相談し、その法律判断をあおいだうえ本件告訴に踏み切ったものであるから、右状況下において犯罪の成立を確信して告訴をしたことには相当な理由があるものということができる。

なお、前二の6記載の事実によれば、芝勝が大森正男を告訴するに及んだのは、請負残代金の支払を強制するのが主たる動機であったと認められるが、告訴手続を利用して理由のない金員の支払を請求する場合と異なり、芝勝が東日本建設に対し、請負残代金請求権を有していたことは、前第二の四記載のとおりであるから、請負残代金の支払を強制することが主たる動機となっていたとしても、直ちに右告訴が違法となるものではなく、また、前認定の事情のもとにおいては、小菅勝年が横浜地方検察庁大畑検事のした不起訴処分に対し、東京高等検察庁に監督権の発動を求めて本件申立をしたことを直ちに違法視することもできない。

四  よって、その余の点について判断するまでもなく、大森正男の甲事件請求は理由がない。

第四結論

以上のとおり、大森正男の甲事件請求及び東日本建設の乙事件請求は理由がないので、これを棄却し、芝勝の反訴請求は、請負残代金三、四六八万五、六四四円及びこれに対する本件コース引渡しの日の翌日である昭和四〇年一〇月一四日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 勝見嘉美 裁判官 寺西賢二 裁判官佐藤修市は転官につき署名押印することができない。裁判長裁判官 勝見嘉美)

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